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Author:ポタリング
少し古い70年代頃のロック中心のブログです。
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『まわり舞台の上で 荒木一郎』

まわり舞台
『まわり舞台の上で 荒木一郎』

三ケ月ほど開催していた『デヴィッドボウイ展』が今月9日で終わった。
3月中に行こうかと目論んでいたのですが、行かなかった、きちんと言うと行けなくなってしまった。
それは先日の昼過ぎのこと、自転車に乗って颯爽と、…というつもりが一瞬の不注意で転倒。これで行けなくなっちゃいました。
密かにあたためていたボウイ展レポ『空に星(★)があるように』は見果てぬ夢となりましたが、でも身体は少しづつ急速に回復に向かってます。

さて、そんなボウイさんとは何の関係もありませんが『空に星があるように』といえば荒木一郎ですね。
少し前に、地元の図書館に一冊の本を予約してました。
タイトルは『まわり舞台の上で 荒木一郎』
昨年10月に出版された荒木一郎さんの「語りおろし」で、あまり世間に知られていない(と思われる)思い出話を500頁に渡って語る、という読者層がかなり限定されそうな趣味シュミな内容です。
本屋で見かけて面白そうだなと思ったんですが、3200円+税か、それじゃあ急ぐこともないし図書館でいいかと。

で、図書館でも地味に人気らしく予約順で待つこと数ヶ月。忘れかけたころに「例の本ありまっせ」という、もっと丁寧でしたがそんなメールが届いて早速借りてきました。
厚さ4センチ、返却期限までに読み終わらないんじゃないかと思って気になるところから読み始めてます。でも全編インタビュー形式なのでわりとスラスラ読める感じです。勝新太郎、松田優作、桃井かおりほか多数、一時代を築いた俳優陣らの名がぞろぞろ出てきます。荒木さんのことを詳しい人ほど興味深い初耳裏話が満載かと思います。

デビューシングル『空に星があるように』はレコード化するにあたって、当初レコード会社は橋幸夫に歌わせたい、という思惑があったそう。それに大反対をしたのが当時のラジオ番組「星に唄おう」を提供していた森永乳業の宣伝課長さんだったそうです。

ブライアン・イーノ&ジョン・ケイル『ロング・ウェイ・アップ』

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ブライアン・イーノ&ジョン・ケイル『ロング・ウェイ・アップ』1990年

昔馴染みジョン・ケイルとのコラボ。
ジョン・ケイルの方が6歳年上、お二人とも40代のころ。
77年の「Before and After Science」以来、13年ぶりのご無沙汰で久方ぶりに「イーノが歌ってる」と当時話題に。

全10曲、二人で半々ずつ歌う。二人とも声の良さでは定評がある、いい声の持ち主。
ここには環境音楽もアンビエントもない。聴いてて疲れない、眠くもならない。意味深な歌もあるようだけど、全体の印象は控え目だけどすごく明るくポップで和めるアルバム。あちこちに80年代っぽさが残ってます。

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写真のような穏やかな午後、庭に出て紅茶でも飲みながら作ったような冒頭の「Lay My Love」(後に高橋幸宏が「らしく」カバーしている)。はじめて聴いたときは、この1曲でこのアルバムはなんだかとても良さげだなあ、と思えました。
ほかも粒ぞろいの佳曲が続きます。なかでも「星たちの中で…星たちの中で…」と歌う美しい「Spinning Away」は、この時期のイーノの傑作っていわれてる。
とても春めいた心地いいアルバムです。

田中希代子 『東洋の奇蹟』

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田中希代子 『東洋の奇蹟』 2006年編集。 

少し前に近所の図書館で「偉人の名言集」みたいな本をパラパラ眺めていたら、こんな言葉を見つけました。

「頑張ります」って言葉、いまとても流行ですよ。
だけど、「頑張ります」なんてどういうこと?…って感じ。
わたくしは、頑張りません。(田中希代子)


ずいぶんと突き抜けたことを言うなあと思って記憶に残りました。でも田中希代子さんとは誰なのか、何も知りませんでした。
で、ウィキペディアなど見ると田中希代子さん(1932-1996)は『東洋の奇蹟』と呼ばれるクラシックのピアニストで……。

…とここまで書いたところでなんですが、
クラシック音楽にはほとんど馴染みがありません。少々聴いたのは「2001年宇宙の旅」のサントラ、お馴染みの「ボレロ」、サティのなんとかとか、いかにもロックファンが野次馬的に聴きそうな、しかも表面なぞっておしまい、そんなのばかりです。なので知ったかぶって書きます…。

田中さんは国内より海外で活躍されて、数々の輝かしい賞を受賞。
しかし30代半ばに不治の病に侵され音楽活動を断念、引退後は門下生の指導にあたる。たいへんな人生を送られました。最初の言葉は苦しい闘病生活の中での言葉だったそうです。

このアルバム『東洋の奇蹟』は没後10年に企画された2枚組(1枚はモノもう1枚はステレオ)で、ショパン、ベートーヴェン、モーツァルトときて、最後にドビュッシー。録音時期は1955~66年。どれも半世紀を超える古い録音です(現存する音源は少ないそう)。
どんな言葉で紹介されているのか、付属の解説からひろってみます。

【解説より】
一点のあいまいさもゆるさない潔癖さ、強い構成力と遠近感、人並みはずれて鋭敏な感性、すばやい判断力と決断、強い向上心、厳しい道徳心、豊かな情緒、気取らない、未完の天才…等々。

…それとこんなエピソード…
あるとき田中さんに自身の数年前の録音を聴かせたところ、その演奏者は誰ですかと尋ねるので「あなたです」と答えると、「それは絶対にウソ」と主張した。理由はペダルの踏み方が決定的に違うと。
このことはほんの二・三年の間に過去の演奏を忘れるほどスタイルを変えていた、ということになる。


すごいピアニスト。
でもこのCDを熱心に聴き込む、というにはまだ遠い感じです。なので本でも読みながら何かしらBGMがほしいような時に流したりしてます(毎度評価が割れる村上春樹の新刊を少しずつ読んでます)。
アルバムの最後はドビュッシーの「花火」。この超越的に鋭い「花火」の前では騎士団長も出る幕がない、のかもしれません。

クワイエット・サン 『メインストリーム』

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クワイエット・サン『メインストリーム』 1975年リリース。
  Phil Manzanera : guitar
  Bill MacCormick : bass, back-up voices
  Charles Hayward : drums, voice
  Dave Jarrett : piano
   with
  Eno : synthesizer, treatments & Oblique Strategies
  Ian MacCormick : back-up voices

フィル・マンザネラを中心としたクワイエット・サンが残した唯一のアルバム。
もともとクワイエット・サンは69年頃に結成したが、アルバムはリリースしないまま1年足らずで解散したバンド。
しかしここで終わらなかった。

ロキシーで活躍中のフィルは、自身のファーストソロアルバム制作の際に「ぜひこの機会に」という感じに旧友(クワイエット・サンの仲間)を呼び集める。この辺に思い入れのあるロックファンならニヤリとする顔ぶれ。
そしてソロ作(ダイアモンドヘッド)と並行して短期集中的にこの『メインストリーム』という奇跡のようなアルバムを制作した。

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イーノがゲスト参加、ミカバンドのトレーナーを着てる。

全7曲、ラストの曲を除いて全てインスト。
ジャンルで言うとカンタベリー系のプログレ、…なのかな。埃をかぶった古い絵本でも眺めてるような印象的なジャケット画とサウンドが見事に合っています。
曲は以前からストックしていたようで、その経過した年月まで投影してる感じでどの曲も奥深く滋味豊か。緊張感のあるピリピリした感触が支配しているけど、それでいてどこかロマンチックな面も。
メンバー4人それぞれの曲が収録されているけど、「ある一夜の物語」でも演奏しているような統一感も魅力。
今も隠れファンが多い、鈍く美しい輝きを放つ名盤です。

細野晴臣 『ホソノバ』ほか…。

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2011年『ホソノバ』(12曲)
    heaven (1)
    2013年『ヘブンリー・ミュージック』(12曲)
medi (1)
1993年『メディスン・コンピレーション』(10曲)

ウォークマンにこの3枚をまとめて1つのファイルにしています。
この3枚は、夜に聴く静かめの細野さんというテーマで手持ちの音源から選びました。
当初は『ホソノバ』と『ヘブンリー・ミュージック』の2枚だったんですが、ちょっと変化球も欲しいなと思って少々地味でダークなアンビエント『メディスン・コンピレーション』を加えてみました。
愛着のあるアルバムというなら『泰安洋行』あたりのチャンキーなやつなんですが、夜更けのBGMに「蝶々-San」は「♪just a チョットマテ moment please」かなと。

で、この3枚で34曲、2時間半のBGMが完成です。
しかしながら『メディスン・コンピレーション』から聴いてしまうと『ヘブンリー・ミュージック』までなかなか辿り着きません。なのでこの34曲をシャッフルの混ぜこぜのチャンポンで流すという暗黙のルールがあります。これなら毎回違う曲順で流れるので飽きなくていいです。と言っても枕元で流すといつも何曲かで「睡魔」と呼ばれる眠気の魔物が襲ってまいります。「♪邪魔だよ、そこどけ」なんて言えません。

ところで手持ちのウォークマンは小っちゃいスピーカーが付いていてイヤホンが無くても聴けるんですが、この内蔵スピーカーは曲によって高音がシャカシャカして気になります。なので音をやわらかくしたくてプッチンプリンの容器を工作してスピーカーにかぶせたところ、音が上手い具合に丸くなり難問はあっさり解決しました。
そんなことするならちゃんとした音響で聴けばいいのかも知れませんが、コダワリはいろんなところに置き忘れてきました。
…プッチンプリンからチャップリンの「スマイル」が流れています。

デヴィッド・バーン 『SOUNDS FROM TRUE STORIES』

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SOUNDS FROM TRUE STORIES・DAVID BYRNE』

1986年、デヴィッド・バーンが一本の映画を制作した。
タイトルは『トゥルー・ストーリーズ』。
舞台はテキサスの架空の田舎町。その町の案内役がデヴィッド・バーン。
一風変わった町のユニークな人々のゆるゆるな日常を淡々と描く。
洋画ファン必見の…、なんて大袈裟な映画ではありませんがトーキング・ヘッズファンとしては要チェック、そんな映画でした。

このアルバムはその映画のサントラみたいな代物で、当時アナログ盤を買ってけっこう気に入って聴いていました。そのうちにCDが出たらまた買おうと思っていたんですが、未だにCD化されないようです。
(YouTubeに全曲通しのLP音源がアップされてます)

全16曲、歌モノは2曲だけで他は全てインスト。
名盤の風格はありませんが、映画よりも出来がいいんじゃないかなと思います。ちょっと聴くとライ・クーダーにデヴィッド・リンチをふりかけてテキサスの夕日を眺めてる、そんな感じです。
バーンの曲は半分くらいで、ブレイヴ・コンボのカール・フィンチやテックス・メックスのスティーブ・ジョーダンらが「そろそろ出番かい」って感じに出てきます。ヘッズのほかの3人は1曲だけお付き合い。
デヴィッド・バーンのソロとしてはオマケのようなアルバムですが、よく晴れた日に3曲目の「Freeway Son」あたりをクルマで流したら、景色のいいとっておきの場所まで寄り道しちゃうかもしれません。

どうということのない平凡な一日だってまんざら捨てたもんじゃない、同じ日なんて無いんだから、聴いてるとそんな風に思えてくる。少々盛って書いてしまいましたが、そこがいいところです。

CAN「ANTHLOGY」を聴きながら…ヤキ・リーベツァイト

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1月22日、ヤキ・リーベツァイトが亡くなった(ジャケット左端)。
革命的なバンド、カンのドラマー。78歳。肺炎だったそうです。

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最期まで現役、コンサートの予定もあったらしい。

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カンの主要メンバー、若いころ。右から二人目がヤキ。

ヤキ・リーベツァイトの名はイーノの「Backwater」というやたらカッコいい曲にクレジットがあって、そこで興味を持ったのが最初でした。
そのあとカンの名作「フューチャーデイズ」あたりから聴き始めて、とにかくぶっ飛んだバンドにトンデモナイドラマーがいる、ということがわかった次第です。
もうこんなセンスを持つ超絶ドラマーは二度と現れないという思いをずっと抱いていましたが、ホント残念です。

デヴィッド・ボウイ 「ヤング・アメリカンズ」

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デヴィッド・ボウイ 「ヤング・アメリカンズ」 1975年リリース

現在、東京(品川)でデヴィッド・ボウイ大回顧展『DAVID BOWIE is』なるものをやってますね。ヘッドホンを付けて「ボウイの世界」を立体的に体感…、電車に揺られて覗きに行こうかなと思いながらも行ってないです。
まあ4月上旬までやってるそうだからそのうちに…、てな感じでいま一つ熱が入らないんですがちょっと気にしてるような曖昧な気分です。

で、今ごろになってけっこう聴きなおしてるのがコレ。
ボウイ流フィリーソウル「ヤング・アメリカンズ」。昔は「ズ」を付けなかったのかな。レコード時代に知人から借りて聴いたのが最初。冒頭のタイトルナンバーがいかしてる。主な楽曲はソウルのメッカ、シグマ・スタジオで録音。たしかボウイ嫌いのロックファンにもそこそこウケたアルバムだったと思う。

この頃のボウイはガリガリの骸骨男。「地球に落ちて来た男」の撮影準備もあったんだろうけどかなり病んでる時代の1枚。中身はソウルありファンクあり、オマケにビートルズのカバーあり。自ら「プラスチック・ソウル」なんて言って、青白いまま人気番組「Soul Train」にも出演。
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オリジナルは全8曲、いま聴くとむかし聴いた印象よりなんかこう理由はわかんないけどいい感じなのです。アクが薄まって聴き心地がマイルドになったような気がして…。

バックは売れっ子になる前のルーサー・ヴァンドロス、デヴィッド・サンボーンほか、後になって豪華な面子が揃っていたことがわかる。またこのアルバムからカルロス・アロマーとデニス・デイヴィスが登場、…そしてジョン・レノンがいる。
バック・ボーカルの一人、ロビン・クラークがこんな回想をしてる。
『Right(4曲目)は難しい曲だった、うまくまとめたのはルーサー・ヴァンドロス、これは大変だった、旋律に合わせて歌うのとは全く違う、まるでパズル、人生で初めての体験だった、でもボウイは求める音を的確に理解していた』…こんな証言を聞くとまた聴きたくなるってやつですね。

同年の秋には大きな転機となる「Station to Station」を制作、そしてアメリカを去りいよいよベルリンへ拠点を移す。
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