プロフィール

ポタリング

Author:ポタリング
少し古い70年代頃のロック中心のブログです。
リンクフリーです。

ありがとうございます
最新トラックバック

デヴィッド・バーン 『SOUNDS FROM TRUE STORIES』

    true 1 (1)

SOUNDS FROM TRUE STORIES・DAVID BYRNE』

1986年、デヴィッド・バーンが一本の映画を制作した。
タイトルは『トゥルー・ストーリーズ』。
舞台はテキサスの架空の田舎町。その町の案内役がデヴィッド・バーン。
一風変わった町のユニークな人々のゆるゆるな日常を淡々と描く。
洋画ファン必見の…、なんて大袈裟な映画ではありませんがトーキング・ヘッズファンとしては要チェック、そんな映画でした。

このアルバムはその映画のサントラみたいな代物で、当時アナログ盤を買ってけっこう気に入って聴いていました。そのうちにCDが出たらまた買おうと思っていたんですが、未だにCD化されないようです。
(YouTubeに全曲通しのLP音源がアップされてます)

全16曲、歌モノは2曲だけで他は全てインスト。
名盤の風格はありませんが、映画よりも出来がいいんじゃないかなと思います。ちょっと聴くとライ・クーダーにデヴィッド・リンチをふりかけてテキサスの夕日を眺めてる、そんな感じです。
バーンの曲は半分くらいで、ブレイヴ・コンボのカール・フィンチやテックス・メックスのスティーブ・ジョーダンらが「そろそろ出番かい」って感じに出てきます。ヘッズのほかの3人は1曲だけお付き合い。
デヴィッド・バーンのソロとしてはオマケのようなアルバムですが、よく晴れた日に3曲目の「Freeway Son」あたりをクルマで流したら、景色のいいとっておきの場所まで寄り道しちゃうかもしれません。

どうということのない平凡な一日だってまんざら捨てたもんじゃない、同じ日なんて無いんだから、聴いてるとそんな風に思えてくる。少々盛って書いてしまいましたが、そこがいいところです。

CAN「ANTHLOGY」を聴きながら…ヤキ・リーベツァイト

can_201701292302136df.jpg
1月22日、ヤキ・リーベツァイトが亡くなった(ジャケット左端)。
革命的なバンド、カンのドラマー。78歳。肺炎だったそうです。

jaki (1)
最期まで現役、コンサートの予定もあったらしい。

can (2)
カンの主要メンバー、若いころ。右から二人目がヤキ。

ヤキ・リーベツァイトの名はイーノの「Backwater」というやたらカッコいい曲にクレジットがあって、そこで興味を持ったのが最初でした。
そのあとカンの名作「フューチャーデイズ」あたりから聴き始めて、とにかくぶっ飛んだバンドにトンデモナイドラマーがいる、ということがわかった次第です。
もうこんなセンスを持つ超絶ドラマーは二度と現れないという思いをずっと抱いていましたが、ホント残念です。

デヴィッド・ボウイ 「ヤング・アメリカンズ」

young_20170119224241336.jpg
デヴィッド・ボウイ 「ヤング・アメリカンズ」 1975年リリース

現在、東京(品川)でデヴィッド・ボウイ大回顧展『DAVID BOWIE is』なるものをやってますね。ヘッドホンを付けて「ボウイの世界」を立体的に体感…、電車に揺られて覗きに行こうかなと思いながらも行ってないです。
まあ4月上旬までやってるそうだからそのうちに…、てな感じでいま一つ熱が入らないんですがちょっと気にしてるような曖昧な気分です。

で、今ごろになってけっこう聴きなおしてるのがコレ。
ボウイ流フィリーソウル「ヤング・アメリカンズ」。昔は「ズ」を付けなかったのかな。レコード時代に知人から借りて聴いたのが最初。冒頭のタイトルナンバーがいかしてる。主な楽曲はソウルのメッカ、シグマ・スタジオで録音。たしかボウイ嫌いのロックファンにもそこそこウケたアルバムだったと思う。

この頃のボウイはガリガリの骸骨男。「地球に落ちて来た男」の撮影準備もあったんだろうけどかなり病んでる時代の1枚。中身はソウルありファンクあり、オマケにビートルズのカバーあり。自ら「プラスチック・ソウル」なんて言って、青白いまま人気番組「Soul Train」にも出演。
bowie (1)
オリジナルは全8曲、いま聴くとむかし聴いた印象よりなんかこう理由はわかんないけどいい感じなのです。アクが薄まって聴き心地がマイルドになったような気がして…。

バックは売れっ子になる前のルーサー・ヴァンドロス、デヴィッド・サンボーンほか、後になって豪華な面子が揃っていたことがわかる。またこのアルバムからカルロス・アロマーとデニス・デイヴィスが登場、…そしてジョン・レノンがいる。
バック・ボーカルの一人、ロビン・クラークがこんな回想をしてる。
『Right(4曲目)は難しい曲だった、うまくまとめたのはルーサー・ヴァンドロス、これは大変だった、旋律に合わせて歌うのとは全く違う、まるでパズル、人生で初めての体験だった、でもボウイは求める音を的確に理解していた』…こんな証言を聞くとまた聴きたくなるってやつですね。

同年の秋には大きな転機となる「Station to Station」を制作、そしてアメリカを去りいよいよベルリンへ拠点を移す。

ブライアン・ウィルソン 「ノー・ピア・プレッシャー」

brian (1)
ブライアン・ウィルソン 「ノー・ピア・プレッシャー」 
2015年リリース(日本盤は18曲入り、輸入通常盤より5曲多い)

ブライアン・ウィルソンの今のところの最新アルバム。
よく聴いてる1枚。と言っても細かいとこまで熱心に聴き込んでるわけではなくて、ただ流しっぱなしにしてる。そんな風に聴いてます。BGMというほど聞き流せないけど。
アル・ジャーディンほか多彩なゲストボーカルが参加。ときどき夕暮れのビーチボーイズっぽくなるところがとても良いです。
70歳超えてこんなアルバムを作るブライアン・ウィルソン。
ブライアン・ウィルソンがいること、このことはつくづくいいことだなあと思うこの頃です。

ダン・ヒックス 『イット・ハプンド・ワン・バイト』

it happend
ダン・ヒックス『イット・ハプンド・ワン・バイト』 1978年リリース

ことし(2016年)は一度や二度は聴いたことがある、というより百度や二百度は聴き親しんだ多くのミュージシャンが続いて逝ってしまいました。
いつまでも若くはないんだ…なんて理解はしているものの…、でもこんな年はなかったですね。

ことしの2月にはダン・ヒックスが亡くなった、74歳。
亡くなったことを知ったのが5月頃で、「そうだったんだ…」としかなかったです。まだまだカッコいい爺様になるもんだと、勝手に思ってました。
何度か来日もして、一度も見に行けなかったけどたくさんの楽しい音楽をありがとう、なんていまさら言ってみたところでなんですが、でも本当に素敵なミュージシャン、まさに粋人でした。
 dan hicks (2)
カントリーとフォークとジャズをミックス。そこにちょいとノスタルジックな女性コーラスを配置して、いい声で歌う。
ヒップでクールなんて言われる洒落っ気ある音楽を聴かせてくれた。
このユニークな音楽の発想は、よく聴いていたグレンミラー楽団の古いレコードからヒントを得たという。

名作も数多い中、一番よく聴いたアルバムは78年の『イット・ハプンド・ワン・バイト』、プロデュースは敏腕トミー・リピューマ。
もともとはアニメ映画のサントラとして制作されたアルバム。なので全編ポップでとぼけた感じの軽いノリが魅力。録音は75年に行われたらしいけど、その後アニメが頓挫しちゃってリリースが遅れたそう。
若いころからおじさん顔のヒックスですが、このアルバム制作時はたぶんまだ33歳であります。

2~3分の短めの曲が13曲、一気に聴いても33分の巻。
ハイウェイをのんびりとドライブするような「CRUIZIN'」でノリ良くはじまる。カバーが1曲、ペリー・コモも歌った名曲「Garden In The Rain」をカバーしてる。あとは全てヒックス作。
楽しくて激シブ、というなかなかマネの出来ないことを軽々とやってます。

カッコいいおじさんのお手本だったダン・ヒックス、聴いてワン。
 dan hicks cow

『ザ・ウォーク』

the walk
『ザ・ウォーク』 ロバート・ゼメキス監督 2016年公開
主演:ジョゼフ・ゴードン=レヴィット

ちょっと前の映画、今頃レンタルで観ました。
フランスの大道芸人(フィリップ・プティ、1949生まれ)の実話に基づくストーリー。ホントはこれより先に制作されたジェームズ・マーシュ監督のドキュメンタリー『マン・オン・ ワイヤー』を見たかったんですが、なかったのでこちらを。

世紀の綱渡り事件。時は1974年、場所はニューヨーク、今はもう存在しないワールドトレードセンター(ツインタワー)。
地上411mの二棟の間に幅2.2㎝のワイヤーを張る。で、渡っちゃう。
向う見ずな犯罪、でも大きな夢。それを実現させてしまう過程を描く。
映画ではほとんど触れませんが、実際のプティは逮捕歴500回を超えるという毎度毎度のお騒がせ野郎でもある。

フランス時代の風景がいい。綱渡りと関係ないんですが、街を行き来するエキストラが洒落者で、襟の大きいシャツにラッパズボン。オシャレな車。70年代好きには楽しい場面です。
そこにプティの協力者になる路上で弾き語りをする女性が登場。レナード・コーエンの「スザンヌ」を下手っぴに歌ってる。

ゼメキス監督なのでサスペンスな演出も手慣れたもの。
どんな方法でタワー間にワイヤーを張るのか。それは見てのお楽しみというところですが、何人かの仲間(共犯者)がいます。
CGを多用した映像満載だけどこれなら納得。3D大画面で手に汗握って観るのが一番なんでしょうけど、まあ普通にTVでも楽しめました。
プティ本人も綱渡りの技術指導で協力してるそうです。
walk (1)
左から、役者、監督、綱渡り師。

ラストに深い感動が待ってるとか、そのへんは抑えめ。
2001年9月11日のことは直接的には一言も語らない。それでもやはり見る側があの日を思い出すようにはできてる。二度と見ることの出来ない展望、それを眺めるだけでもいいかもしれない。

いつだったか俳優・火野正平さんが自転車で全国を旅する番組『こころ旅』で、自転車にかけて「人生下り坂最高」というシャレたことを言ってましたが、『ザ・ウォーク』は「人生綱渡りサイコー」と言ってるような、そんな映画でした。
一度は挑戦してみてもいいかも、もちろん夢の中で。

イーノ 『テイキング・タイガー・マウンテン』

eno1.jpg
イーノ『テイキング・タイガー・マウンテン』 1974年リリース

聴いたのは75年の『アナザー・グリーン・ワールド』が先でした。「イーノはいつ聴いてもいいのー」という駄洒落があった頃です。さすがにイーノのことをエノという人はもういなかったと思います。
で、前作の『テイキング・タイガー・マウンテン』もその頃聴いたんですが、この型にはまらない気ままなセンスがよくわからなくて何度か聴いておしまいでした。

ところが78年に素晴らしくヘンテコなディーボの名作『頽廃的美学論』を世に送り出し、イーノのプロデュース業はスゴイ、となるわけです。
余談ですが、勢いに乗ったディーボは早速来日していきなりの武道館公演。かなりのディーボ信者が見物に出向いて館内は「♪We Are Devo!」の大合唱となりました…、いや、ちょっと大袈裟か。

でもまあそんなところで『テイキング…』を引っ張り出してまた聴きはじめて。そしたらなんということでしょう、イーノのエッセンスがそこらじゅうに散らばってる大変ユニークなアルバムであった、ということがやっと少しはわかるようになった次第です。

この一風変わったアルバムタイトルは(知ったかぶりですが)、中国の古典劇『智取威虎山(ちしゅいこざん)』から頂戴したという。なのでオリエンタルムードがチラホラ。『タイガー・マウンテン』という入山したら最後、二度と帰ってこれないような空想冒険活劇的な響きも実にイーノっぽいですね。
ジャケットデザインも秀逸。アナログ盤だと雰囲気あるんですが、地図に載ってない国の妖しい土産物みたい。並んだイーノの顔で駒を進めるいつまでたってもアガれないボードゲームにもみえる。

中身は不思議な明るさのある奇妙な10曲。
特に狂騒的な「サード・アンクル」が有名でしょうか。フィル・マンザネラの貢献も大きいアルバムですが、初期ロキシーのポップな魅力がまだ残ってるファンタスティックなイーノ。
いつものメンバーに加えてイーノ好みのポーツマス・シンフォニア(楽器が弾けない素人学生で構成したオーケストラ)も参加。
「The True Wheel」の歌詞で「♪We are the 801」って歌ってる。
イーノ、フィルらで結成したアンビエントからヘビメタまで演ってしまうスーパーエキセントリックバンド「801」のイメージはこの頃から出来上がってたんですね。

ラストのタイトルナンバーは次作『アナザー・グリーン・ワールド』の岸辺を望みながら、静かにゆっくりと近づいていく。

篠田昌已・西村卓也 『篠田・西村 DUO』

星空 (1)
『篠田・西村 DUO』、1996年リリース

録音:1987年9月17日(木)
篠田昌已:alto sax
西村卓也:bass

二人だけのライブ。
篠田昌已は「生活向上委員会」や「じゃがたら」などで活躍。
ロック、ジャズ、ファンクからチンドンまで、なんでもござれのサックスプレイヤー。92年、34歳の若さで惜しくも亡くなった。

このライブは87年の録音で、リリースされたのは9年後の96年。
ライブといってもハコではなく野外録音。
場所は群馬県・前橋市の百貨店の前。
地元のスーパーか何かの開店記念のイベントに呼ばれて、ということだったらしい。だからといってやっつけ仕事感は微塵もない。
生前、篠田さんの最も気に入っていた演奏だったらしい。
  duo.jpg
全13曲、オールインスト。ジャズというより大衆音楽と呼ぶのが似合う。
はじめて聴いたときは音の良さに驚きました。
多くの曲間が数十秒も空いている。この曲間が空白ではないことが、ボリュームを上げるとわかる。
そこに街の音が聞こえる。
交通整理の笛の音、車の音、小学生がおしゃべりしながら通り過ぎる。
拍手も歓声もない、お客さんはいない。
ジャケットの写真通り、ただ星空に向かって演奏を続ける。
すごく自由な気分を二人は味わっていたんだと思う。

この後に、篠田さんが組んだバンドの名前はコンポステラ(星の原っぱ)という。
星の原っぱなら何時間でも寝っころがっていられる。そんな方におススメです。シュラフそして温かい飲み物を用意して。
検索フォーム
カテゴリ
QRコード
QR